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えんがわあぶり

精神疾患を馬鹿にしていたら自分が精神障害者になっていた。

躁転克服?衝動は昇華しろ!の巻

よく使ってしまう言葉です、寿司マーブルです。

 

急な予定変更に強い人間っているんでしょうか。

最近母親が祖母を予定変更の件で怒らせてしまい凹んでいたのですが、私も一日を棒に振ってしまうくらい予定変更に弱い。

祖母の血をがっつり受け継いでいることに今日気がつきました。自分の存在も否定されている気がする&軌道修正を急いでしなくてはならないのダブルコンボで「死」しか見えなくなるの辞めたいです。

だれか対処法があれば教えていただけるとありがたいです。たぶん人に頼りすぎなんでしょうね…。

というか人にも感情の起伏があることを理解しているはずなのに人形のように振り回してしまうの辞めたい。

 

久々にメランコリックの沼にどっぷり浸かった一日でした。

健常だと思っていたのが実は躁転だったのかもしれないと思うとすごくむなしい。正直周りから見て上がっているように見えていなかったし、私自身も自覚がなかったのですが、今考えるとやたら心が広かったように感じます。もともと神経質でささいな言動にピリついてしまうのに、「まぁ~仕方ないよね~」で済ませていたのは躁転だったのかもしれないなと。。。エピソードなんて人それぞれですからね。

入院後しばらく仏モードだったことを思い出したので、元気だったんじゃなくて病気だったんだな。

めっちゃテンション下がるんだけど。

この楽しかった一ヶ月がまやかしだったように思えて絶望です。学校行けるんかいな…。

 

こういうことが感情に引っ張られるっていう。情けない。3年間何と付き合ってきてんだよ。

 

ということで、発想の転換をしますね。

 

躁転だったとしても今回は「相手に迷惑をかけず、なおかつ自分にも負担がかからない躁転だったのがポイント高かったんです。

思えば身だしなみに気を遣う、自撮りが多い、ちょこちょこ物を買っていた、大らかになっていた、本能が戻ってきていた…と躁転ぽい気はありました。

でも眠ることができていたし講義を受けることもできていた。また話をしていて躁転の気配を感じさせなかった、ということはほかで昇華していた可能性が高いですよね。

 

思い当たる節

・新しい環境にとにかく体力を消耗していた

・毎日の化粧で朝の活力を昇華しフラットにすることができていた

欲求を適度に発散していた

・ツイート数が明らかに多かった。自分の意見を発信することで消耗

クラウドワークスで仕事をこなすことができていた

・自分に負担にならない程度の物欲を発散することができていた

 

これくらいでしょうか。

前までの躁転の場合、欲望の捌け口が物欲くらいしかなかったです。

それだけでおさまることもなく、日中出歩くこともないもんですから眠ることも当然できない。脳みそはフル回転、意気YOYOとツイッターで暴れる、カラオケで発散する、お金は飛んでいく、悪循環ですね。

現在は学校生活で体力を消耗し、化粧で身だしなみ欲を抑え、自撮りやクラウドワークスで承認欲求を満たし、余力を物欲にぶつける、そして健やかに眠る…。

 

以前メンヘラは依存先を増やせという話を見かけましたが、

躁転の発散先を増やすこともすご~く大事なんだな!

ということが今回で分かりました。

 

躁転を分散させることで、実感としてうつの下がり具合もどん底までいった感覚はありませんでした。というのも「やらかし躁転」ではなくある程度自分の身になっていることしかしてないからでしょうね。

医療保険加入まであと2,3か月。それまでは通院しないつもりですが、デパスをぼちぼち飲んで気圧や予定変更を乗り越えていきたいと思っています。

これだけ体力戻ってきたんだから電車で通学してもいいのかなと思っています。

今は彼氏に頼りっきりなので…頼っていいよと言われても予定変更に耐え切れず相手を困らせるのをもう何回もやっていると、相手のためにもな~と思います。

甘えたいところではあるんですが…難しいよね~。

 

ただどん底の人に「外に出ろ!分散しろ!」なんて酷なことは言えないので、とりあえずクラウドワークスで小銭を稼ぐことをお勧めします。

あとブログも感情の整理ができるので(あまりマイナスなことを書かないようにするとなおよし)、自己満足でもやるといいと思います。私は結構人のブログを見ている。

 

ネトストの鑑なので。お前を見ているぞ。

 

テレビを見ていると「この年齢で!」「あの有名な◎◎と比較して!」といった「一般論から外れた人をわざとほめたたえる番組」が多くて嫌になりますね。

躁転ショッピングの記事は鋭意制作中です。続報を待て。

 

www.youtube.com

躁転時は常時これが脳内サウンドになっています。

しゃっ!しゃっ!しゃっしゃっしゃっ!しゃっ!しゃっ!しゃっしゃっしゃっ!

しゃっしゃっ!しゃっしゃっしゃっしゃ!

 

えびばーでぃー!

ぱりぴは偉いよ。躁転終わったんちゃうんか)

 

現場からは以上です。

 

一連の流れ

寿司マーブルです。

 

化粧を覚えてから半年も経たないくらい。

21歳になって口紅に種類があることを知り、目じりに濃くシャドウを引くことを知り、少しずつ社会に溶け込んでいく感覚の中にいる。

それまではずっとすっぴんで、たまにする化粧はしないほうがマシなくらい。正直見てられないくらいだった。

美人が自分を一層美しく見せるための線や色だと思っていた。私には必要のない物だと思っていた。

そんなものにお金をかけるほど自分の美醜に執着していませんよ、とアピールすることがどこか逃げだったようにも感じる。化粧や整形をしても届かないところに手を伸ばしているのを見られるのが恥ずかしかった。棚の高いところにある本を一生懸命に手を伸ばす子供みたいで。

 

人にそんな興味を持たれていないなんて言うのは真っ赤な嘘で、人は他人を見つめれば多少の点数付けはするんだ。あの子はあの子はって勝手に品定めしてされての繰り返し、そうして人間って多少はマシになっていくもんなのかな。

 

人間は人から何を言われようと自分で気づかなきゃ変わることってない。私も化粧しなきゃダメじゃんって思ったの、自分で気づいてからだったし。周りがどんどん綺麗になっていくのを見て元がいい人は違うからって見ないふりしてた。

 

情けない話ばっかだけど、ちょっとは化粧がうまくなって、ちょっとは褒められるようになって、自分に自信を持ったり向上心を持つことは人生においてすごく大事なことだ。自分の顔に執着している人もいれば趣味や、勉強に執着している人だっているんだろうけど、そういう執着できるものっていうのは薬にも毒にもなるよな。平気で活力が絶望のエッセンスになる。難しい匙加減だけど、そういう感じで自分の中のどろどろした部分をあやしながら生きていくんだろう。

 

毎日化粧をしている。毎日30分かけて自分の顔を丁寧に修正していく。

アイラインの引き方を少し変えてみる。リップの色を少し変えてみる。

まつ毛をしっかり上げて、丁寧にマスカラをする。

鏡で確認した後にスマホで写真を撮る。それが私の一連の流れ。

自分の見ている顔が現実とかけ離れていたとしても、それで頑張れるなら私は自分をだまして生きていきたいと思う。

可愛い物だけを、良い物だけを目に入れることは、必死で生きている私には必要なことで、悪いことを飲み込むのはもう少し後でも、誰が許すとか、誰が許さないとか、そういうことを考えずに、生きていたい。

 

自分の顔がいいとは思っていない。「いい」と思う瞬間を切り取ってしのいでいる。

ネットを見れば勘違いで溢れていて、SNSが生んだ負の遺産とも思うけど、でもそういう人は幸せそうだ。

幸せなら勘違いのままでいいのかもしれない。勘違いさせてくれる人がいるならそのままでもいいのかもしれない。

 

他人の裏の評価まで考えることはもうやめた。そういうのは現実社会だけで考えればいい。

 

生きていたい。めだめだに甘やかしてくれる人に甘やかしてもらって生きていたい。

現場からは以上です。

私の青春、キュウソネコカミ。

ライブに行ってきました、寿司マーブルです。

 

先日書いた記事がなんか…なんかなったみたいですね。

sushipolar.hatenablog.com

 ありがとうございます。トップはランダムになるのですか?不思議。

まだ見てない方はどうぞ見てください。

********

 

4月13日、私はライブハウスにいた。

肌寒い空を抜けて会場に入ると、中では色とりどりのディッキを履いた若者、メイクをこしらえた金髪の女、妙齢の男性、女性、スマホをひたすらいじる人で溢れかえっていた。

 

チケットを渡す。

 

「今日はどちらのバンドが目当てですか?」

 

「あ…」

 

しばし悩んだ。

 

「…キュウソネコカミです。」

 

「はーい、どうぞー」

 

 

高校3年生で初めてキュウソネコカミに出会った。邦ロックという存在を知り、友達から「これはすしまちゃんみたいだね!」と教えてもらったのはファントムバイブレーション。講義中でも休み時間でも携帯を手放さない私にはお似合いの曲だった。

でもその時は「面白いな。」で済ませて、そこまで興味を持たなかった。

www.youtube.com

 

 

そこから時は流れ、大学1年生で再び運命的な出会いを果たす。

キュウソネコカミのメジャーデビュー一歩手前で出たミニアルバム。その中に入っていた「空心菜」という曲。永遠に空心菜をほめたたえるこの歌に私はひどくエモを感じてしまった。

くうしんさーい!油でいためただけなのにー!くうしんさーい!癖になっちゃうあの感じー!

意味はあるか。おそらくない。歌詞カードを読まないとなんて言ってるかわからない。CD音源でもわかる歌のへたくそさ。顔だってパッとしない。全員パッとしない。でも自分から好きになったのはキュウソネコカミが初めてだった。そこはかとない魅力を彼らに感じた。好きに理由なんてない。理由を見つけることが難しいくらいには好きになっていたのだ。

 

音楽を聴いて、初めてライブに行こうと思った。

忘れもしない。2014年7月19日 クラブクアトロで行われたDMCCツアー。

最初はチケットの買い方もわからず、グッズだけ買いに行ったんだ。チケットがなくても買うことができると知って、一人で電車に乗って名古屋に向かい、パルコのタワレコに一人で入って、少しだけ聞きかじったバンドの曲を恐る恐る聞いてちょっとだけライブキッズの気持ちに浸ったりした。所狭しとCDが並べられている。自分の知っているバンドを探し、展開されているバンドのCDを手に取って、キュウソネコカミのブースを見てサインを写真撮ったりして。

かなぶーん…しゃんぺ…ばにらず…棚を見ながらぶつぶつ呟く。

音楽だけの空間は幸せでしかなかった。

 

でも、慣れていないので貫禄のあるキッズが寄れば5m離れ、おどおどしているうちに居座るのを諦めて店を後にした。

しばらく外でスマホをいじっていると女の子が話しかけてきた。

彼女はライブキッズで、物販に来てライブにも行くらしい。たわいもない話をしながら物販開始時間を待った。

 

「すしまちゃんはライブに行かないの?」

「うーん…チケット持ってないんだ~」

「え!まだ間に合うよ!余ってる人いるって!探そ!」

 

余るってなんだ…当日券は完売してるぞ…

その時初めてTwitterがチケットのやり取りに使われていることを知る。

 

でも、うーん、と悩んでいるとリハの音が聞こえてきた。

 

ギターが荒っぽくギュイギュイと響く。つんざくキーボードの打ち付けるような音。

厚い扉の向こうで音が暴れまわっているのが聞こえた。

黒い一枚板の向こうが夢の世界だ。荒削りの感情を激動のビートに乗せて耳にぶち込みたい。オーディエンスの波に、汗にまみれて、叫ぶ、エモーショナルを解放する。

心臓が興奮で押しつぶされそうになった。全身がざわめくのを感じた。

 

行くしかない。夜に入っていた予定もキャンセルして必死でチケットを探した。

なんと、運よくチケットを手に入れることができた。

シャツとタオルをこしらえて、スタッフにチケットを手渡しドリンクチケットを大事に指で握りながら小さなライブハウスの中に入っていった。

 

ライブは本当に圧巻だった。

キュウソのライブはパフォーマンスが特徴的で、オーディエンスに飛び込むこともあればコスプレをしてマリオになりきることもあった。MCも軽快でヨコタさんとセイヤさんのトークがとにかく面白い。段ボールにファンの嫉み恨みを書き連ね一言で切り捨てる。潰された段ボールの上に乗り、オーディエンスがどんどん千切っていく。意味が分からない。でも最高だった。

ステージ上の彼らは紛れもなく「クズにもなりきれぬ中途な僕ら」の代弁者だった。

荒削りの音楽、へたくそな歌声、その不格好さが歌詞の泥臭さにエフェクトをかける。

中途半端な僕らは中途半端な音楽に飲み込まれ、ライブハウスは混沌に導かれる。

魂が動かされる。口角が上がりっぱなしで引きつってしまう。呼吸を忘れる。

人と人をかき分けて手を挙げて、息苦しさの中で精一杯に叫ぶ。

びりびりに破かれた段ボールに吐き出された呪詛をそうやって私たちは昇華していく。

そんなライブだったんだ。私が知っているキュウソは。

 

それから足繁くライブに通った。ツアーもフェスも行けるものは何でも行った。

2014年から2016年、私の大学生活はキュウソネコカミ中心と言っても過言じゃなった。

 

しかし持病が悪化し、立て続けに2回、ライブを途中で抜けることになった。

音が耳を執拗にかき混ぜて、閃光のようなライトに打ちのめされた。

人の群衆が恐怖に変わったとき、キュウソのライブを卒業することに決めた。

その時点でキュウソネコカミはちょっと雰囲気が変わっていた気もする。

あまり覚えていない。それからはなんとなくライブに行ったりした。

女王蜂との出会いもありながら、キュウソのことは気にしないようにしていた。

 

 

それから1年。

 

 

Zepp NagoyaキュウソネコカミとSiMの対バン。「行く」しか選択肢はなかった。

今回はキュウソネコカミのツアーにSiMが呼ばれた形になる。キュウソが呼んだのはこれが初めてのことだ。SiM主催のフェスに出ていたこともあったので彼らにつながりがあるのは前から知っていた。

SiMも大好きだったから、対バンが名古屋で行われることに嬉しさをかみしめていた。

SiMはDPFも2回行った。あれは本当に良いフェスで、行けるならみんなに行ってほしい。今年はサンボマスターのライブが被ってしまったので行けそうにないけど…。

とにかくライブはハチャメチャに楽しい。彼らは箱が大きかろうが小さかろうが、フェスだろうが対バンだろうがワンマンだろうが常に150点のライブを見せてくれる。

今回もとにかく最高だった。MAHさんを見ている時、感覚で目玉が2㎝は飛び出ている。それだけ魅せられるし、本当にセクシーなんだ。歌う姿、声、言い方は悪いのかもしれないがストリップを見ているよなエロティシズムを感じる。歌う動作一つ一つに重みがある。いや…見ないとわからない。これがライブの良さなんだろうな。

 

彼らは今回も150点だった。

キュウソまで少し時間があく。私はヘドバンで脳みそがぶん回されてIQが5まで下がり、気を抜くと倒れそうな状態になっていた。

体調が悪くなって帰った過去を思い出しながら少し気がめいっていたのもあるんだろう。

 

音楽が止まり一気に照明が落とされた。

 

脳みそに血がぐぐ、と戻っていく。

あの頃の興奮と同じものを感じた。

 

キュウソはかなり緊張していたと思う。KMDT25の歌詞は間違えるし少しチューニングはずれているし、なんなら演奏もミスってた。

へたくそなのには変わりない。ただ、違和感があった。

前までは全力でやっての下手くそさというか、がむしゃらさがあった。彼らがジャンプをして届くキュウソネコカミの骨頂を見せてもらっていたような感覚。

今回はただ緊張して80%の力しか出せていない、そういった下手くそさだった。

あとなんかセイヤさんめっちゃ歌がうまくなっている…

前までは声が出ないことだってあったのに完全に出ている。下手くそとは言えないくらいには上手くなっていた。ボイトレしてたのは本当だったんだな。

知っている曲と知らない曲がセトリで組まれるようになってきていた。正直追えていたのがハッピーポンコツランドまでだったから、そこからはちゃんと聞けていない。

ライブの聞き方もあの時からだいぶ変わった。昔はシャツの色が変わるくらいに汗をかいて、最前で叫んでいたのに、今は後ろで見ている。大人見でもないけど。

 

私の熱量が変わったのか、キュウソが変わったのか。

おそらくどっちもだ。

 

社会のしがらみコーナーがなくなったこと、お願いシェンロンが歌われなくなっていたこと。少しずつセトリは変化していく。同じことはやってられない。

新曲を聞いた。彼らが歌いそうだなと思う曲だった。

面白い。でも、それってきっとみんな思ってることだ。耳元で社会に唾を吐きかけてくれたあの刺々しさはどこにいっちゃったんだよ。

この数年でいろんな優しさに触れたんだろう。自分たちが見たい景色を見ることだってできたんだろう。彼らはどこに進むんだろう。宙ぶらりんのまま、ぼんやりとした夢を追うのはきっと難しいことだろう。

 

追いつめられることがなくなったネズミは自問自答を始める。

キュウソの敵は猫でも社会でもない。

彼ら自身だ。

 

 

アンコールラストは「わかってんだよ」。去年の秋、一番つらかった時期に聞いた。

いい曲だと思った。大好きな曲だ。

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嬉しい、寂しい、よくわからない気持ちを全部ぶつけて一緒に歌った。

音響にかき消されて誰にも聞こえないから、力任せに叫ぶように。

昔の自分に聞こえてるかな。ライブに自分の足で立ててるこの現状を見せてやりたい。

 

真面目な生き方はみ出したいけど 意気地なし

クズにもなりきれぬ中途な僕ら

 

ボロボロになってやっと気づいたよ ボロボロになってやっとわかったよ

あぁ僕はただ生きているだけだった 心を入れ替え立ち上がれ今 

 

悔しい。キュウソにまっすぐに元気づけられてるなんて。

全部変わっちゃったんだよな。でも、それでいいのかもしれない。

キュウソも変わる。私も変わっていく。人間に一貫性なんて求めちゃいけない。

 

本当にいい曲なんだ。牙は丁寧に抜かれて優しいハムスターになっちゃったけど。

でも青春だったことには変わりない。行けて良かった。

キュウソネコカミ、今まで本当にありがとうございました。

 

いやなファンだよ…いや、もうファンじゃないのかもな…。

現場からは以上です。

青を吸い込んだ

春めくと幸せ死しそうになります、寿司マーブルです。

春になるまではどうしても苦しいのに、桜が満開になると私の中の「春」がぶわっと沸き立つみたいで、「はぁ~~幸せ~~」となります。これがエモってやつ。

 

sumikaとか聞いちゃって、さわやかさっぱり。春真っ盛り。

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いいバンドなのでぜひ聞いてください。ライブもなかなかさわやかです。

go!go!vanillasもおすすめですよ!

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爽やかは夏より春に感じるタイプで、ピンクというより青を添えたい季節です。

「青を吸い込む」と感じます。ベランダから香る春の匂いはまさしく青です。

青の絵の具と水を混ぜたときにあらわれる透明と青の交差のような、嬉しいとか楽しいとかそういう気持ちがない交ぜになって、それがいやでも体を包み込んでどこかへ運んで行ってくれそうな、魔法使いのような気候です。

 

あまりにも胸がスッとするので副作用で泣いちゃいそうになります。

春は大好きです。始まっちゃえばこっちのもんだ!って思っちゃうからかな。

人の文章とかも色で見る癖があって、表紙の色がマッチしていると嬉しいです。

ブログは色があまりないので考えるの楽しいですよね。ツイッターとかも。

自分が何色かはわからないままこの歳になってしまいましたが…。

********

 

前々から可愛い女が大好きだと豪語しています。

というのも「見た目が9割」とか「内面が大事」とかそういう面倒くさい話ではなくて、単純に顔の良さというのは性格の良さと同じような価値やスキルであって、それだけが特別視されるものではないと思っています。私は数あるスキルの中で人の外見が大好きだというだけです。

でもこうして顔面格差の問題が取りざたされるのはすぐ見えるところにあるからであって、性格だけが出る世の中であれば顔の良さは問題にならないですよね。

例えば文章であったらそれは文章能力の問題になりますから顔の良さは反映されません。でもこの世の中顔合わせなきゃやってらんないので仕方ないうちに顔面評価も入り込んできやすいってだけだと思います。

 

で、自分が可愛いなって思う女をひたすら考えています。毎日。

大学でもキョロキョロして可愛い女を探します。横顔美人、スタイルのいい人、笑顔が可愛い女。うちの大学は母体が多いので可愛い女も多いです。学校が楽しくなるのでありがたいことです。

本当に顔面のいい女は最高です。

 

パーツごとにどんな女に惹かれるか考えてみようと思います。

 

【輪郭】

私は顎が比較的しっかりしているので女の子らしい華奢なあごが大好きです。

スッとしている輪郭。輪郭だけで「凛」を体現するような美しいライン。

でもとがりすぎている整形輪郭はあまり好みではないです。それならがっしりしてた方が好きかな。

 

【髪型】

黒髪が好きです。意味が分からない髪色も好きですが、黒髪が似合う女は最高。

日本人だからというよりも、外国の方でも黒髪の人にドキッとするので性癖です。

なかなか垢抜けない色でもあると思うので、それでハッとさせる美しさを持つ女はもう別次元ですよね。ありがとうございます。遺伝子に感謝。

 

【肌色】

信じられないくらい白い方が好きです。ファンデーション合うのありますか?っていうくらい白い人見ると胸騒ぎがします。色の白い人が黒い服を着こなしているだけで仏像が建立する勢いです。ありがとうございます。色白は国宝。

不健康な人が好きなんですね。血が足りなそうな人が大好きです。

 

【体格】

細い人が大好き。ついでに手の綺麗な人は性癖です。私も手を褒められることが多いので相手の手もよく見るようになったのもありますが、その手で触られたシャープペンシルは前世よほど徳を積んだんだろうなと思いながら見ています。

昔から女の子に触ることに抵抗があるので触れないんだけどね…。

 

【目】

正直、幅広二重ぱっちり!カラコン!という目は好きですがそそられません。

作り物すぎるからかもしれないですね。

特徴的な目が好きです。三白眼も好きですし好きな目は意外と奥二重だったりします。

ただ、まつげは絶対バサバサしていてほしい。下まつげが目視ではっきり確認できるとキュンです。伏し目がちになったときにおりる影の長さが「5cmくらいあるの?」ってくらいながいとドキドキして死んでしまいます。

あとアーモンドアイの人にそそられがちなのかもしれないです。はっきりした目で、裸眼で、めもとシャドウグリグリして様になってしまう女は最高です。

目で人を誘惑できてしまう女。ちなみに実際に会って射抜かれたのは女王蜂のアヴちゃんです。女か?それは置いといて目力が強い女が好きという話です。

 

【鼻】

最初に写真を見ると真っ先に鼻を見ます。それは私が自分の鼻が大嫌いだから。

豚鼻の団子鼻なのでもう積極的に隠していきたい。なので綺麗な女の人の顔を見るとどんな鼻の形しているのか気になって仕方がないのです。

実のところ、きれいな鼻をしている人は案外少なくて、目元や口元でカバーしていたり、鼻の高さでカバーしていたりすることが多いのかもしれないです。少なくとも私が好きな女に限った話をしているので全員がそうではないと思います。

でも、斜め顔になったときに鼻の高さは確実にあるので映えます。美しいです。

そして全員主張しない鼻であることが前提。鷲鼻や異常に高い人はいないですね。

少し広がっていても気にならない、他のパーツのポテンシャルで相殺、むしろ上。

みたいな…小さくて高くて、鼻の穴が下に向いている人が大好き…。

 

【口】

うっすい唇が好きですが、口の形が良ければ多少厚くても良いと思えるようになりました。

美人の方程式として笑ったときにハート型になるイメージがあるのですが、私はガミースマイルなので(歯茎が出てしまう)歯茎が出ずにニコッと笑える人は本当に羨ましいです。そして口の端は線になっている人、「ニーッ」て効果音が出る人ですね。

私は自分の笑顔が本当に嫌いなので、写真撮るときも気を付けないといけないし、鏡で一生懸命練習して気づいたのですが顔が歪になるんです、片方は上がりすぎていて…みたいな感じで。だから笑顔が素敵な人はそれだけで美人だなと思ってしまいます。

笑顔は一番のお化粧だよ。これは本当にそうだよ。だからみんな笑ってほしい。

赤リップが合う人はエッチだな~って思います。

 

考えれば自分の顔の上位互換みたいなものに惹かれがち、しょうがないよね、21年付き合ってるんだから…。自分の顔が好きとかではなくて手に届きそうで届かないから憧れになりやすいんだと思います。

はぁ~~~~美人になりてぇ~~~~~と美人が大好き~~~~~~の感情で生きています。よろしくお願いします。

 

プレミアムなキャスを見ました。すごい…すごいかった…。

そんなけです。現場からは以上です。

うっかり大学生のための勉強ライフハック

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他撮りと自撮りに差が開きやすい女、寿司マーブルです。

なんならインカメでも人間が一人増えた時点で顔が変わります。

なんでだよ。

 

鏡に映った顔は脳が補正して2割増しで可愛く見えるらしいですが、それは当たり前のことで、目をいつもより開いていたり、鼻を小さくするために口をすぼめて居たりするのだから、日頃より2割増しで可愛いに決まってるんです。

逆に考えれば、その顔をしていれば1.5割増くらいは可愛くなるのでは?と気づき最近目をわざと開くように過ごしています。

 

多分めっちゃ怖い人です。

 

でもおかげで目が前より大きくなった気がする。

眼球運動をよくしています。上見て下見て右見て左見てぐるりと回転。

講義中にたまにやります。みんなもやってみてね。

 

・・・・閑話休題・・・・

 

私は失くしものの天才です。

他にもいろいろなものを失くします。また、忘れ物の天才でもあるので平気で筆箱もノートもファイルも忘れます。名札を何回も失くす意味が分かりませんが、私もわかりません。

 

これ、親もカード何回も失くしていたり、姉も学生証3回失くしてブチ切れられていたので血筋だと思います。うちは狭いはずなのに、物は小さくないはずなのに、携帯はしょっちゅう消えて手探りでバンバンやっているうちにダヴィンチの絵みたいになってる。

 

これだけなくすと勉強関係の物は一番に失くします。本当に意味が分かりません。

テスト期間は頭を下げて友達にプリントを写メらせてもらい、ミミズのような文字を必死で解読してテストに臨む日々。やっと出てきたプリントがいつの物かわからない。そもそも何の講義だ?この丸の意味はなんだ?どこの国なんだ?・・・・・

 

大学に入ってから勉強がしづらくなった気がしてなりません。なんでかちょっと考えてみることにしました。

 

 

高校と何が違うかって教科書がないんだよ

これにつきます。

練習問題の冊子もなければ「これみりゃ余裕でしょ」っていうノートも定かではない。教科書がある講義もあるんですが、そこを見たって赤線なんて引いてありゃしない。ただの本を教科書に見立てているだけなので要点が分からない。

出席していればお茶の子さいさいなんですが、体調が悪いとどうしてもわかりません。

そのときに見せてくれる友達も高校に比べたら作りにくい。共通科目であれば同じ学科の人もあまりいないですし年上かもしれないし年下かもしれないし、なかなか声もかけづらい。

高校と違って明確な勉強法や範囲が記されていないんですね。

行かなきゃわからない。シラバスだって行かなきゃもらえないですから、そこを休んだら手に入らなくなっちゃうわけです。範囲どころの騒ぎではない。

体力勝負な体になってからここが一番つらいところかも。

 

 

配布式プリント、ほんとにきつい

失くしものの天才、1枚の紙ぺらはトイレットペーパーとほぼ同義です。

これだけなくしているとおそらくトイレに流しているんだと思います。

サークル部室の大掃除、たいてい私の物が2,3個はでてくる。

暗記用に作った紙は気づいたらボロボロになっている。なぜ?わかりません。

テストが終わった後に何度も探した場所からふっとでてくる。

異次元空間が家の周りにあるのかもしれないと本気で考えたことがあります。

 

大学ではプリントを配布して、そこに書き込んだりすることが増えます。

テストはプリントの範囲を出すし、文系なので論述も多く、ないと非常に困ります。

何度も同じ過ちを繰り返すまいと折り畳みファイルに入れておいたはずなのに忽然と消えるプリント達。

これじゃせっかく講義を受けたのに水の泡ですよね。友達にお願いするのも心苦しくなってきます。あと、これだけなくすとどこがないのかさえ分からなくなります。

 

 

「整理すればいいんじゃない?」と言われて「どうやって?」となるのが寿司です。

どれだけ整理をしても気が付くとプリントがファイルにごっちゃに詰め込まれており

 

も”っっっ

 

と膨らんでいきます。ルーズリーフもばらばら、ノートはたびたび持っていくのを忘れて適当な紙に書き、またなくす。

 

「ごちゃごちゃ言ってても紙は自分から出てこないじゃん」

ということで最低限の努力をすることにしました。

一人なので自分を守っていかなくちゃいけない。しょうもないことだけども…。

 

 

ノートよりかはルーズリーフでしょ

ノートは確実に家に置いてくるので別の紙に書いて放置を繰り返し情報が消えうせる事件がたびたび起こりました。あとは別のノートの後ろの方に書いて後日発見するとか。

ルーズリーフだと、紙さえ持ってこればいいのでよっぽど忘れません。

 

 これのペンギン柄を使っています。すぐに閉じることができるので「あとで閉じればいいや」ということが今のところありません。足せるのがなによりありがたい!

後で後でって、後の私全く期待できないの最近気づきました。マジで何もしない。

だったら覚えているうちにやった方が得ですよね。

「だったら今やる」っていう習慣づけも大事かなと思います。

 

 

プリントは写メってデータ保管

もちろん現物を失くさないのが一番ですが、もしもの時が頻発するので、絶対失くさないデータ保管をすることにしました。

写メれば詳細な部分まで見ることができるし、失くした時にすぐ見れるし、ファイル分けは丁寧にやるタイプなので誰かがなくしてもスッと見せるスマートな女になれます。

ただこれ今回から決めたことなので継続できるかが不安ですが、やるぞ…!

 

 

出席したか忘れるなら自分でつけよう

今、時間割アプリって結構優秀で、欠席したのか出席したのか、それとも休講だったのか、この講義は何割がテストで出席はどれだけ重要なのか、というところまで決めることができます。

しっかりつけていたときは「これだけ出ていないから次は頑張って出よう」と指標にできました。逆につけていないと「あれ…これはもうだめか…?」と後々気づいたりしたことがあったので、うっかり落単を防ぐためにも出席確認は大事です。

あと毎回講義室を忘れるので、アプリにまとめておくと「次はここか!」とすぐ確認することができるのでお得。うちの大学広いので余計にかもしれないけど…。

 

 

ノートの書き方、プリントの管理の仕方

ノートに書くこと

①日付、題名

②今回が何回目の講義であるかという番号

③プリントは配られたか明記(枚数も)

④講義の内容

①は誰でも書くと思いますが②③は私はこれがあるとないとでだいぶ状況の把握がしやすくなりました。ノートに書かれていれば「ここはプリントがなかったんだな」とわかるし、「1枚足りないぞ…」と探すこともできます。

 

プリントの管理

①日付、題名(書かれていることも多い)

②今回が何回目の講義であるかという番号

③枚数の明記(1/2 2/2のように書いていく)

④講義の内容

プリントには書いていたのですが、これノートとプリントがリンクしていないと片方がないときに非常に苦しみます。なので双方に書いておくことで情報を正確に把握し、効率的にしました。

これみんなやってるのかもしれないな…でも私にとっては大発見でした。

 

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バン自体にボールペンを入れておけ

筆箱はしょっちゅう忘れるし、なくすし、おいていきます。

本当に気を付けていても忘れます。ペンがないと講義を受けることができないです。

なので絶対持っていくカバンの中に入れておきます。非常事態はそれを使えばよし。

でも入れておいたことを忘れて頭を抱え、後で見つけるパターンもあります。

自分を信じてとりあえず探す。

何故か3本入っていましたが過去の私(若干数名)、サンキュー!

 

 

ホッチキス、マジで使える

本当です。ホッチキスは有能です。

何枚もレジュメをもらったときにパチンコしておけば失くしません。

ただ、なくなるときは一気になくなるのでDEAD OR ALIVEの選択です。

 

 

変な習慣をつけてもどうせ忘れる

わざわざプリント用のノートファイルを買ってこようが、マスキングテープで毎回貼ろうとしようが、自分に合わない習慣は秒で続かなくなることが分かりました。

今までのことができていなかったのに新しいことをやる方が無理なんですよね。

最低限のもので、私は書くことが好きなので書いてまとまる方法をやっていくうちに今のスタイルに落ち着きました。プリントのデータ保管はもう最終手段なので意地でもやります。

 

さて。

大学生に上がった皆さん、おめでとうございます。

新しく環境が変わった皆さん、ともに頑張りましょう。

今日も何も変わらない皆さん、現状維持って結構難しいことですよ。えらい!

人生に絶望している皆さん、怒った猫の画像を見ると少し元気が出ます。

 

人は人生という風にあおられて四方八方。時には離散しながら、形を変えて何とか生きていきます。

柔軟にいきましょう。私も失くさないように生きていきたい。

昨日は嫌でも今日は良いでしょう。それくらいでいいんです。

適当でいい。適当でいい。適当にいきましょう。

 

適当が一番難しいんだけどね。

現場からは以上です。

 

あ!さそもすからもらったリップティントが最強です。

 

エチュードハウス(ETUDE HOUSE) ウォーターティント チェリーシロップ[落ちにくいリップ]

エチュードハウス(ETUDE HOUSE) ウォーターティント チェリーシロップ[落ちにくいリップ]

 

 

本当にありがとうございます。とても嬉しかったのでご報告まで。

 

皆のおすすめコスメも記事にしてくれていいよ。私が大喜びします。

私が書いたら書くなら喜んで書きます。

 

本当に以上です。

半年ぶりの学校

耳がイカれていて最高に不快、寿司マーブルです。

BPM220という感じでビートが聞こえてきます。刻むな。

 

重大発表です。

 

学校復帰 ~死の単位採集 Re:Birth~

 

主演:寿司マーブル

 

また3年生やり直すわけです。リセマラしたらどうにかならないですかね。

でもリセで終わりますよね。マラできない。人生は一度きりなので。

人生クソゲーだな。サントラだけ買います。

 

正直名前だけ書けば受かってしまう学科なので、単位も楽勝です。

ただ通学ができないからとれなかっただけ、通学がハードモードですね。

パラセールをよこせ。がんばりゲージにガン振り待ったなし。

 

「なにいってんだ?」ってなったなら

ミノルさんの ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルドを見てください。

www.nicovideo.jp

 

落ち込んだ時はゲーム実況を見て笑うようにしています。

落ち込みすぎると画面の移動についていけないので少し落ち込んだ時に限る。

 

こうして長い長い夏休みを過ごしていたのですが、明日から始まる学校に向けて継続していこうと考えていることがあります。

 

毎日化粧をする ということです。

 

勉強は当たり前じゃないですか。

21になってやっと化粧のやり方がわかってきたので、社会に出る前にもう少し磨かなければなと思いました。

あと、自分の顔が少しマシだと外出する気にもなりますよね。

落ち込んでいる時に鏡を観ることによって外出できない可能性もあるけども。

今まで化粧せずに学校行ってたのが信じられない。

 

「化粧は学校で教えるべき!」という意見もありますが、やろうと思えば化粧品は100均でもドラッグストアでも買えるんだし、メイクの方法はネットを見れば沢山あるので、自分のやる気次第ではないかなと思います。

少なくとも私は学校で教えてもらっていてもあの頃は「ブスが化粧するもんじゃない」と思っていたし(今でも落ち込むと化粧すらできません)、「少しでもマシにしないといけない」という意識に変わるまでは自分でそろえようとも思いませんでした。

ツイッターでもちょっと探せば膨大な情報が出てくるしね。

 

デパコスは見ていると心臓が3mmになるので慣れないです。多分ダレノガレ明美くらいタフで美しくならないと無理。

でもほしいよね…パーソナルカラー診断してほしいよね…。

 

今は見よう見まねでやっているので、裸眼でマシになる方法を探り探り時短も兼ねながら練習していきたいなと思っています。

カラコン入れられない民族。

 

髪の毛とか服も少しずつ気を使って、小奇麗な並くらいでいたい。

 

欲を言えば

デパコスで下地一式そろえて髪の毛は美容院でピカピカにしてもらって身長の低さをカバーできて女の子らしい可愛い高い服を永遠に着回し顔面を田中真琴にしてもらえれば文句言わないです。

 

田中真琴になりてぇ~~~~そしたら毎日ハッピーでしょ~~~~~!?!?!?!

 

学校頑張ります。終わり。

あなたの人生なんだから好きにしなさい

目つきの悪い女が好き、寿司マーブルです。

唯一無二の女になりたいね。

 

双極性障害になる前から気分にムラがある人間で、治さなくてはと思うたびに気づいたらモヤモヤした気持ちを殺すために全てをリセットしているということがよくある。

感情に脳みそをぶん殴られた3秒後にはネットを見ている。嬉しかった数分後に手の甲をつねっている。

感情が独り歩きしていくことに慣れてしまって、自分の理性は全く育たないままこの歳になってしまった。

 

ゴムボールのように跳ね回る気持ちと、ちぎれた輪ゴムのような理性。

 

一歩引いて人と会話をするときは「社会性」が感情を潰してくれる。

「真面目」「賢い」「大人しい」というレッテルを貼られ、ぎこちない笑みも手伝って「冷たい人」という私が知らない私が他人の心にできている。

 

「私、もっとユーモアあるんです。」

 

血の通った人間であることを知ってもらいたくて手を伸ばそうとする。

でも人の背中にそれが届くことはなくて、一歩引いた距離感は埋まることがないまま、「社会性」に引っ張られていくうちに、不正を治していくうちに

気づいたら「怖い人」になっている。

 

家では「生活能力のない人」で、一歩引いて話す人からは「怖い人」。

私の手を取って微熱を感じた人は「実は面白い人」。

じっとりと汗ばんでいくのが分かるほどに手を離さなかった人からは?

たぶん「面倒くさい人」。

 

私が思ったより汗っかきで、他人の手を汚すくらいに図々しくて、「社会性」が「理性」の代わりをしていることに気づいた頃には、感情はどんどん揺れていって振り回して、飢えた野良犬みたいに誰かの愛情を求めていく。

 

インターネットの私はどう見えている?

 

健常者の人と話す方が楽だったりする。

私が雑なことを言ってもうまくキャッチして返してくれるから。

ここにいるずっと前からある私の居場所は、誰かが誰かによりかかることもなく、辛いときは壁にゲロを擦り付けて、自分の袖で涙をぬぐって、毎日を生きている。

危ない人もいる。でも全員「社会性」で自分を奮い立たせられる程の器量がある。

居場所というよりはよく座っているところ、くらいの感覚で、人が足繁く往来するのを眺めて少し落ち込んだりしていた。

 

自分には足があるはずなのに歩けないな。涙の拭き方が分からないな。

 

そう思ったときにいったんそこから離れて、別人としてアカウントを作った。

気づいたらそれなりに会話できる人が増えて、実際に会った人もいた。

馴れ合いというのは、ぬるま湯のような、遅効性の毒のような、ともかく悪性の居心地の良さというものを感じた。

一方でつながりは、自分が一人ではなく、ささいな感情であっても「必要」という自覚をわずかながらも持たせてくれた。

 

炎症を抑える薬も塗りすぎれば荒れる。

人とのつながりに依存し始めたらそれは心が荒れていく一方だ。

 

必要もないのに自分への批判を目にしてしまう。

「褒められる」ことは多いはずなのに貯めこんでいたはずの袋には何も入っていないような錯覚を覚えてしまう。

「自分が嫌われている」という些細な事実が100のように思えて、余分な馴れ合いで勝手に傷を作った。

 

アカウントを消した。

戻るつもりは毛頭なかった。心底つかれた。それ以外の感情はなかった。

 

 

 

インターネットの私はどう見えている?

 

 

鏡で自分の顔を見るように、簡単に人の中の私は見えない。

見えないからいいこともある。

見えないから悪いことも、もちろんある。

ニキビ跡のように隠せるものなのか、手術をしないといけないほどのものなのか。

他人の中にある私をどう整形していけばいいんだろう?

鏡がないなか試行錯誤、無駄だと気付いたのはたった今のこと。

 

ここからほんの数日離れた。

視界の靄が少し晴れて、心に届かなかった声が床に散らばっていることに気づいた。

拾い集めて一つずつ並べて置いていくうちに、自分の心に届けるべきだったものの選択を間違えていたのかも、と感じた。

 

電子の海で、私は何をもがいていたのだろうか。

 

ありのままの自分を見せることが正しいことばかりではなく、「社会性」で押さえつけるのではなく、「理性」で感情を正すことが私には必要なのかもしれない。

 

 

子供のころからインターネットはもう一つの現実だった。

昔は人と人との距離がそんなに近くなかった。ぼやけたガラスの向こう側で相手が何をしているかまではわからない。でも、確実に人がいる。そういう認識だった。

 

今は。

手まで取りあえてしまう。人の心に遠慮なく入り込めてしまう。下手をすれば人生を大きく左右してしまう。

 

それが良いことなのかはわからない。でも、昔より確実に、もう一つの現実はこちら側と同化しようとしている。

 

自分の意見が正しいとは思わない。他人の意見に流されることもよくある。

でも、他人の言葉にいちいち体を取られていたら、まっすぐ進めない。

波に逆らう「図々しさ」が、もう少し必要なのかもしれない。

あるいは、そんな波に飛び込むことさえしなきゃいいのかもしれない。

インターネットの中くらいは、優しさだけ選んでもいいのかもしれない。

 

関わった全員に幸せになってほしいと思う。そうすると心に余裕が生まれるから。

余裕が生まれると他人を気にすることもなくなるから。辛い思いをしなくて済むから。

素直な人ほど、傷ついてしまうことを私は理解している。

素直な人ほど、誰かの心をえぐってしまうこともある。

素直なだけが正しいんじゃない。どういったらいいかわからないけど。

少なくとも、自分の意見を言うことがすべてではない気がするから。

 

インターネットの中の私はどう見えている?

 

ここまで書いて、自問自答をしながら答えは見えない。

意見がほしいのかもしれない。客観的な意見が絶対だと思っているから。

「女のセンスが良くて情緒が不安定でかまってちゃんな寿司」

という認識であっているのかしら?だれか?

 

自分の中の私は、他人の言葉で何とか作り上げた、矛盾だらけの偶像。

鏡がないからむりくりくっつけたり、離してみたり、よく考えたら本当の私ってどこにあるんだろうか?

 

考えていたらこんな時間ですよ(笑)あ~あ、メンヘラの辛いところね、ここ。

 

馴れ合いの中で見つけた手放したくないつながりを、一歩下がって続けていけるように、それは頑張ってもいいことなんじゃないかと思った。

「頑張る」ことは悪いことじゃないよ。「ムリする」ことがダメなことなんだよ。

 

彼氏に「相手が悪いことが大半だけど、少し気が使えないところがあるのかもね」と言われて、きっとそれは私が素直と暴言をはき違えてしまった結果だったんだろうと思う。

誰にも言われたくないことはある。私なんか地雷原の塊だ。

一度壁打ちして自分に跳ね返ってきたときに違和感がないかどうか、確認してから言わなきゃな。

ただでさえ、脆い部分が多いから。

 

一歩引く、目があえばにこりと笑う、会釈。

思いやりとマナーを大切に。

シートベルトで守れる命。

 

今日はお寿司をかちこんだので、辛い気持ちの人もOS(OVER SUSHI)をするといいと思います。

太陽にはなれなくとも、誰かを照らす街灯になってみせましょう。

 

私のこと好きな人、大好きだよ。いつもありがとうございます。

 

現場からは以上です。